僕には母が2人いる。

ちわっす。

 

 

 

福岡のもつ鍋「赤門屋」の2代目店主

タキツバこと滝澤 翼 です。

 

 

 

2019年1月2日。

今日はこれからうちの母と婆ちゃんと合流し、大分県は湯布院の温泉宿へ行ってきます。

 

 

 

こうやってお正月に母や婆ちゃんまで集まって何処かに行くって、僕の記憶では初めてなんじゃないかな。

 

 

 

大晦日に婆ちゃんちに集まるのは毎年恒例だけど、怒涛の12月を乗り切って、みんなヘトヘトだから。正月はみんなのんびりしたいみたい。会うこともないし、毎年赤門屋の初日に「あけおめ!」ってのが僕ら赤門一族の新年。

 

 

 

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うちの婆ちゃんも今月で78歳になります。これまで仕事一筋で、この歳になっても毎日赤門屋に手伝いに来てくれる婆ちゃん。体が動くうちは出来ることをって、本当に凄いなって思うんだけど、気持ちとは裏腹に年々体がきつくなっているみたい。体が動く今のうちにみんなで一つでも多く思い出を作りたいなって、そんな気持ちでこの一泊温泉を計画したんです。

 

 

 

ただ喘息持ちだから歩くのがきついみたいだし。もしかしたらきついだけかもなって思ったけど、別に歩き回るわけではないし、今回は羽織も一緒だし。楽しんでくれるようにサポートできればと思ってます。

 

 

 

 

 

 

ということで今のうちにブログ書いとこってことで今書いてますが、少しだけ僕と婆ちゃんとのことを。

 

 

 

まぁ説明したら長くはなっちゃうんだけど。我ながら結構波乱万丈な人生を歩んでます。小さかったから全く覚えてないけどね(笑)まぁそのうち気が向いたら書きますね。母は嫌がるだろな(笑)

 

 

 

僕は小さい頃(2歳?3歳?)から福岡県の最南端・大牟田市に住む婆ちゃん爺ちゃんに預けられて育ちました。母は赤門屋で働き、日曜日だけ愛に帰ってくる生活。それから幼稚園・小学校・中学校・高校とずっと婆ちゃんと暮らして来ました。爺ちゃんは中学の時に亡くなって。高校を卒業し、東京の大学へ進学してうらぶれて福岡へ帰って来てからも、赤門屋で働き始め、妻と結婚し一緒に暮らすまで、婆ちゃんと二人暮らしをしてました。

 

 

 

だから僕にとっての婆ちゃんは、皆さんにとっての婆ちゃんとはちょっと違うかもしれないです。母親が2人いる感じかな。今だにそんな感覚があります。

 

 

 

小さい頃からの婆ちゃんのイメージ。【肝っ玉婆ちゃん】

 

 

 

何があっても守ってくれる、強い存在。ゴキブリも素足で踏みつける(笑)父親みたいな感覚も感じていたのかもしれない。

 

 

 

そんな婆ちゃんも80歳を目前に、以前の肝っ玉感は影を潜め、ネガティブな事ばかり言う様になりました。でもそれも仕方がないと思う。十分に僕たちを引っ張ってくれたもん。それでも今だに手伝おうとしてくれる婆ちゃんには尊敬しかありません。

 

 

 

今、婆ちゃんにとって一番の希望は、翔太郎と羽織だと思う。一泊という短い時間だけど、沢山ひ孫と遊ばせてあげたいなって思う。久しぶりの温泉もね!

 

 

 

ということで、そろそろ準備の手伝いをしないと妻に怒られそうなので(笑)安全運転で行ってまいります!