【後篇】なぜ私は家業を継ごうと思ったのか【給料泥棒時代】
- 2016年2月4日
- たきつばのプロフィール
ちわっす。ダメ男、タキツバです。
なぜ、この仕事をしているのか?
前回からこのテーマで
ブログを書いています。
さて続きです。
派遣会社でたまたま
紹介して頂いた会社。
ダメなら辞めればいいやって
軽い気持ちで始めた仕事でしたが
先輩方に恵まれて最終的に
4年半ほど続いたわけです。
私はあくまで派遣社員という
立場でしたので、この会社で
精一杯働いてなんとか正社員として
雇って頂こうと本気で思っていました。
つらいことも沢山ありましたが
それでも自分なりにやって
なんとか準社員までは辿りつきましたが
ここで私自身が思う自分の一番嫌いな
「アレ」が出てきてしまったんです。
飽き症
地道な努力が出来ない
ここで今まで生きてきた
34年間の中での数々の
イケてないエピソードを
お楽しみください。
①カッコイイからと始めたバスケを3ヶ月で辞める(中1)
②面白そうだから(女子の袴が可愛いから)と始めた弓道を1年と持たずに辞める(高1)
③競馬が好きだったので進路指導で真剣に「ジョッキーになりたい!」と宣言するが、担任&母の猛反対に合い、2秒で諦める
④同級生の杉山くんの影響で「ゆず」にハマりアコギを手にするも、Fのコードで諦める(ギター1回目)
⑤同級生の高野くんの影響でロックミュージックに目覚め、エレキギターを手にするがドレミを覚えたくらいで諦める(ギター2回目)
⑥痩せるためにジムに通うも大体2~3ヶ月行って、違約金払って辞めるパターン (ノ∀`)アイター
キリがないからこのくらいにしとこ(汗)
飽きっぽいから色んな物に手を出す・・・。
でも地味な努力が出来ない・・・。
だからこれといって深い造詣を
持った分野がない・・・。
中途半端・・・。
ブログも続いたことがなくて
3回くらいブログそのものを
消した事があります。
一番タチが悪いのが
自分のそんな性格を
ちゃんと認識しているところ・・・。
分かってて直せていないところです。
ということでそんな自分の
悪いところが案の定出てしまうわけです。
若さゆえの勢いとテンションで
それなりの成績は残せていましたが
そんなもんは最初の1~2年。
日々の積み重ねを怠っていた私は
次第に思うように成績を
残すことが出来なくなり
仕事自体にも完全に飽きてしまいました。
それがマル4年経った頃でした。
その頃の私はほぼ仕事を
放棄しているような状況でした。
先輩方は1日に多ければ100件以上もの
オフィスを訪ねていたと思いますが
私はせいぜい10件前後。
しかも完全に覇気を失っているので
どこにいっても2秒で門前払い。
月に1件の契約も取れないことだって
決して珍しいことではありませんでした。
周りの先輩たちは10件とか15件とか
しっかり契約を取ってくる中で。
給料泥棒と言われてもおかしくないような
どうしようもないダメ営業マンだったんです。
毎日なんとなく過ぎていく中で
この会社にいつまでいることが
出来るかなってそんなことさえ
考えていた私。
しかし4年半が経った頃に
また転機が訪れるのですが
また長くなってきたので
続きは次回のブログで書きます。
次はやっと赤門屋の話が出てきます。
なぜ私がいま、ブログやSNSを
頑張ろうと思っているのかについても
触れようと思ってます。
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